2012年、不振にあえぐ黒崎アルビの後を継ぎ
シーズン途中から就任した実績十分の新監督。
シーズン途中から指揮を任せ、チームの立ち直りを図るには
最適な監督ではなかったのではないでしょうか。
なんとアルビは、J1で指揮をした経験をもった監督は
この柳下監督が始めてでした。(J1へ昇格してから)
それまで、堅守即効が特徴だったアルビに
ボールを保持しながら攻撃をするスタイルを植え付けました。
極端に守備的にならないスタイルは
プロの解説者等からは高い評価を得たものの
マンツーマンを主とする守備では
簡単に失点を重ねてしまうという弱点も露呈しました。
選手には戦う姿勢を強く求め
会見では選手を批判することもしばしば。
敗戦を選手のせいにする監督も少ない中
賛否はわかれました。
ただ、きびしい監督のイメージはつきました。
就任2年目の2013年が好調で
サポの期待も高かっただけに
最後の年のリーグ戦15位というのは
期待を裏切る結果となってしまいました。
それでも2015年のナビスコ杯でベスト4に入るという
クラブの歴史を塗り替えたことは
評価できると思います。
審判に対しても堂々と批判ができる
稀有な監督でもありました。
Wikipediaでの紹介はこちら
カテゴリー: 監督編
アルビ歴代監督の中でも選手としての
実績はピカイチ!
監督業もアルビが初ということで
注目度は高かったのですが、
成績は年を追うごとに下落。
3年目にはついにシーズン途中での
解任という不名誉な記録をつくってしまいました。
就任当初から攻撃的なサッカーをかかげ
うまくいっているときは
おもしろいサッカーを展開するも
ひとたび歯車が狂いだすと
なかなか修正することはできませんでした。
最後の方は戦術にもブレがみられました。
Wikipediaでの紹介はこちら
若手の育成に定評があるという触れ込みで
J2山形からやってきました。
矢野、北野、あたりは鈴木監督に育てられたと
いえるかもしれません。
どんなに負けが込んでいても
メンバーを大きく変えずに戦い
ぶれない監督といわれました。
メンバーを固定して戦い
鈴木アルビのスタイルを貫き
安定した成績を残すことに成功。
ただ、どちらかと言うと口数が少なく、
会見などは、あたりさわりのない言葉に
終始し、面白みにかけました。
安定した戦いで強いアルビも見せましたが
選手交代も遅く、評価は分かれました。
ただ、4年間でアルビを優勝争いに加われるまでに
したことは評価できると思います。
Wikipediaはこちら
いわずと知れた新潟のヒーロー。
「J1昇格」
なんて口にしたら笑われてしまう時代に就任。
3年間でみごと新潟をJ1に導きました。
当時は補強と言えば、他のチームを戦力外に
なった選手ばかり、
チーム力としては決してJ2でも
上の方ではなかったはずなので
それだけに反町監督の手腕は高く評価されました。
「右手にロジック、左手にパッション」をモットーに
試合後の会見では常に強気の発言に加え
ユーモアもあり
会見がいつも楽しみでした。
監督業のみならず、
まだまだ発展途上のクラブに
いろいろとアドバイスもして
クラブも育てたと言っても過言ではありません。
ハーフタイム後、あるいは選手交代で
状況をがらりと変えてしまう手腕は
本当に面白かったです。
Wikipediaでの紹介はこちら